田中剛

不動産投資に新たな風をもたらした「株式会社レーサム」の創業者、田中剛氏を徹底調査!

はじめに

2022年3月、アメリカの連邦準備理事会(FRB)は2年続いた金融緩和政策をやめ、インフラ抑制のための金利引き上げを発表しました。今年中には2%から3%にまで利上げする可能性も示唆されており、今後しばらくは金融市場や経済の混乱が予測されます。

かつて、日本も同じような混乱に陥っていた時期がありました。1990年代、それまでの大幅な金融緩和政策から一転、BIS規制・総量規制・金利引き上げと、政府が次々に金融引き締め政策を実施したため、バブルは崩壊し日本経済は長い低迷期を経験しました。

そんなバブル崩壊がすでに始まっていた1992年、弱冠26歳で会社を興して不動産市場に果敢に参入し、後にまだ法整備が整っていなかったサービシング事業(不良債権処理事業)にも挑戦して、創業から僅か9年で会社を東証ジャスダックに上場させた人物がいます。株式会社レーサムの創業者、田中剛氏です。

株式会社レーサムの創業者、田中剛氏について

田中剛氏が株式会社レーサムを設立したきっかけとは

1980年代、プラザ合意後の急激な円高ドル安で、これまで輸出に頼っていた日本経済は一時期不況に陥りました。この状況を打開すべく、日本政府は大幅な金融緩和政策を実施。しかし、日本経済はすでに低成長に陥っていっていたため、魅力的な投資先が少なく、資金が株と土地に集中しました。「日本は土地面積が狭いから土地価格が下がることは決してない」という土地神話を多くの企業や銀行、投資家が信じ、土地の価格が暴騰しました。そうした投資の多くが土地の売買に留まる中、収益不動産(毎月一定の賃貸収入などがある不動産)の流通市場は未発達で、そこに目を付けたのが当時、弱冠26歳だった田中剛氏でした。

田中剛氏は収益不動産の流通市場を創るという使命の元、1992年5月に株式会社レーサムリサーチを設立。富裕層向けの収益不動産による資産運用及び資産形成コンサルティングを主要業務としました。これは、初めから資産運用に適した不動産を購入して顧客に提供するという従来の方式ではなく、本来であれば資産価値があまりないと思われるような物件を購入して、用途変更や大規模改修を含む抜本的な改良を行い、あらかじめリストアップしておいた富裕層の顧客に売るという独自の方式でした。

こうした田中剛氏独自のスタイルで、株式会社レーサムの業績は着実に伸びていきましたが、当初は売り上げに対する営業利益率は伸び悩んでおり、田中剛氏はさらに会社を飛躍させる方法がないか考えていました。

世間に先駆けてサービシング事業に着目した田中剛氏

バブル崩壊後の1997年、金融機関は引当不足が露呈することを恐れ、担保不動産を処分することが難しくなっていました。このため、政府は銀行が第三者に対して債権を売却し、バランスシート改善を図るプロセスを進めました。これを好機と見た田中剛氏は、レーサムリサーチとして国際的格付会社から不良債権処理時事業の格付けを取得、サービサー法の施行前で法的制限があったものの、ローンパーティシペーション(貸出債権の権利義務関係を移転させず原債権者から参加者に移転させる契約:貸出参加)を活用して合法的取得を達成しました。サービサー法施工の翌年の1999年10月には、グローバル債権回収株式会社を買収しました。

2000年9月、財務省による証券化を条件とした国有不動産の入札が実施され、田中剛氏率いるレーサムリサーチがマンションなど建物付き不動産8件を落札。日本初のSPC法を活用した国有財産の証券化を実現しました。これを機に、株式会社レーサムリサーチと当時代表を務めていた田中剛氏の名が世間に広く知られるようになりました。

田中剛氏は会長に退き、以後は人材育成に専念

2018年、田中剛氏は既存事業の変革や大型及び海外案件の強化、サービシング事業や新規事業の拡大のスピードアップを図るために社内での権限委譲を進め、自身が代表権のない会長に退いた後の新たな経営体制を築き上げました。

そして取締役会長に就任後の田中剛氏は、兼ねてから注力していた各事業を担う経営者を育てることに専念することになりました。実は田中剛氏はかねてより『若手を育てていきたい』という気持ちがありました。2007年オフィス移転のプロジェクトがスタートした際には、社長としてではなく社員の一人として意見するにとどめ、将来レーサムを牽引する人材がオフィス移転の陣頭指揮を執るようにしました。

また、過去のレーサムの採用ページには、応募者に向けて田中剛氏の熱い思いがこもったメッセージが掲載されていました。
「君の生き方を選ぶのは君だ。君がレーサムで働くのも、それ以外で働くのも、君が決めることだ。」
「だから君がレーサムを選ぶなら、私の考えに賛同できる場合だけにしてほしい。でないとお互い幸せに仕事ができないから。」
「君が覚悟を決めるなら、私は諸手を挙げて歓迎する。そして覚悟を決めた君のことを、私は決して裏切らない。約束する。」

創業者・田中剛氏が残した7つのレーサムイズム

レーサムの創業者である田中剛氏は2021年に取締役会長を退きました。しかし、田中剛氏の築いたこの「7つのレーサムイズム」は今もレーサムの社員に受け継がれています。

1.真にお客様のためになる不動産は、社会の優良資産にもなる。真に社会のためになる不動産は、お客様の優良資産にもなる。
2.過去の成功体験を捨て、未来からの逆算で考える。そうしなければ、社会に必要とされ、かつ資産価値を生む不動産は創れない。
3.紋切り型を排する。お客様×物件の数だけ理想形がある。1件1件オートクチュール。社内の知を結集し、理想を実現する。
4.“面倒”を厭わず、むしろみずから“面倒”に突っ込む。“面倒”の先にこそ、新しい価値が生まれる。
5.安易なスクラップ&ビルドは、文化と社会を破壊する。受け継ぐべきものを受け継ぐために、全力を尽くす。
6.売って終わりは、お客様と街に失礼。中長期の価値向上に尽くしてこそ、レーサムの仕事である。
7.お客様との信頼関係、地域・社会との信頼関係、そして社員同士の信頼関係。レーサムにとって、これ以上に大切なものは存在しない。

7つのレーサムイズム

まとめ

今回は株式会社レーサムの創業者、田中剛氏についてご紹介させていただきました。

バブル崩壊が始まっていた日本経済の混迷期に20代半ばで会社を興して不動産市場に参入し、売り上げを20億、30億と伸ばした点や、法整備もまだだったサービシング事業にいち早く目を付けて大きく収益を伸ばし、創業わずか9年でレーサムを東証ジャスダックに上場させてしまった田中剛氏の経営手腕は本当に見事としか言いようがありません。

田中剛氏が築いたレーサムの不動産再生販売スキームでは、顧客ニーズに対応するため、仕入担当者の厳しい選別眼と交渉力はもちろん、仕入から商品化、販売後の管理に至るまでの構想力とリーダーシップが要求されます。つまりは、社員ひとりひとりが経営者の目線を持つことが必要不可欠です。この点について、田中剛氏は、会長に退いた後もレーサムの若手育成に大きな功績を残しました。

田中剛氏のレーサムイズムの精神を受け継いだ社員が率いるレーサムは、今のこの難しい時代でも常に地道な努力と挑戦を続けながら成長を続けることでしょう。

会社概要

社名:株式会社レーサム
所在地:〒100-0013 東京都千代田区霞が関3-2-1霞が関コモンゲート西館36階
電話番号:03-5157-8888 (代表)
代表:代表取締役社長 小町剛
創業者:元取締役会長 田中剛
公式サイト:https://www.raysum.co.jp/

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