はじめに

建設業界の市場規模は、マンション工事など民間需要の縮小や公共工事の減少といった工事自体の減少や、サブプライムローンによる金融引き締めや為替相場の為替差損の発生など経済的な背景によって平成22年までは減少傾向にありました。

しかし平成23年に入り、東日本大震災の復興需要や民間の設備投資の増加などにより回復基調に向かいます。

さらに平成24年末からは、アベノミクスの目玉である公共事業投資などにより徐々に国内景気も回復に向かい、平成27年も首都圏を中心に高層ビル、新築マンション、商業施設の建設ラッシュが続きました。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックまではこうした状況が続くと見られ、建設業界は強い追い風を受けています。

一方、問題としては人手不足があがっており、テクノロジーによる機械の自動化や海外からの人員の活用などによって人手を補っていくことは建設業界全体の課題となっています。

株式会社田中工業とは?

株式会社田中工業は、埼玉県のほぼ中央に位置する比企郡鳩山町で昭和38年、田中土建(現 株式会社 田中工業)として創業して以来、半世紀にわたって地域密着企業として順調に発展を続けてきました。

同社は環境土木工事として、道路橋梁施設、河川砂防施設、下水道施設、上水道施設、造成外構施設、公園緑地施設など埼玉県内多くの工事を受注し、美しく清潔で安全な街づくりに貢献しているほか、建築工事として、集合住宅施設、教育文化施設、医療福祉施設、庁舎事務所施設、商業施設・工場施設、戸建住宅施設と多岐にわたる施工を行っています。

川越、狭山、入間にそれぞれ営業所を構えて埼玉県内全域の仕事に対して質の高い工事を提供する同社の経営理念は以下のようになっています。

1.環境とバランスのとれた社会的、文化的な価値を創造し、社会に貢献する。
2.技術力・知力・感性を高め、お客様に高い品質と価値あるソリューションを
  提供する。
3.大いなる夢と志を持ち、企業の成長と社員の幸せの安全を実現する。

さらに、基本方針として4つの柱を構え、それぞれに対して具体的な取り組みを発表し、さらなる発展を続けているのが株式会社田中工業なのです。

1.地域社会に貢献する人材の確保と豊かな社会環境を創造する
2.技術力・知力・感性を高め、最高の技業で高い品質と価値ある
  ソリューションを提供する
3.健全な財務体質の強化と幸せな繁栄を実現する
4.法令、社会規範、企業倫理の理解と順守から、真のCSR活動に取り組む

これら4つの基本方針が、株式会社田中工業の発展を支えるためだけでなく、地域への貢献や技術力の向上といったCSRの意識が強いものになっていることからも、地域に密着した経営を真摯に行うという同社の覚悟がわかります。

今回は同社の代表者である田中亮圭氏ご本人に、直接、生い立ちや今後の取り組みなどについてお話しを伺うことができました。

育った環境を教えてください

出身は会社が所在する場所と同じ埼玉県鳩山町です。

姉1人と弟1人の3人兄弟の真ん中で育ちました。父は現在私が経営している会社の経営を長きに渡り担っていました。母は、看護師として勤めていました。

印象に残っている幼少期のエピソードを教えてください

生まれた時から、遊び場は現在経営をしている会社の置き場でした。

右も左も古いながらも建設重機が当たり前にある環境で、子供にとっては贅沢な遊び場でした。

年齢の近い従妹と、資材のある単管を使い、石膏ボードの切れ端を壁代わりに秘密基地を作り、お菓子やジュースを持ち込んでは遊ぶというような外遊びの好きな子供でした。

どんな子どもと言われていましたか?

好奇心旺盛な子供だったと思います。

中学入学と当時に親元を離れ寮生活をしながら、中学高校を過ごしました。大学も両親を説得して、アメリカの田舎にある州立大学に通わせてもらい、そこで経営学の勉強をしました。

その為、両親と一緒に生活していたという記憶がほとんどありません。その期間で培った物事の志向やグローバルな考え方を勉強する事ができました。それが少なからず今の仕事で役立っていると思います。

一番興味のあったことは何ですか?

現在でも興味はありますが、新しい場所に行くことはとても興味深く感じています。見たことのない体験したことのない場所や文化に興味を感じます。

子供の頃描いていた将来の夢は何でしたか?また、その理由を教えてください

子供の頃は、戦隊もののアオレンジャーになりたかったみたいです。保育園ではアオレンジャーの衣装を買ってもらい週1で着て通いました。保育園に行くとアカとキイロもいるのでしっかりとした戦隊になっていたみたいです。

貴社の”方針の取り組み”として、「地球社会への貢献や顧客満足の追及」などを掲げられていると思いますが、その方針の為に、直近で取り組んでいる事などありましたら、教えてください

弊社は『社会を明るくいきいきとさせる』事をミッションに掲げています。施工には、それぞれの企業のストーリーや背景と携わる事ができます。事務所や店舗、倉庫といった建設物を創り、将来的にこんな事業を通じ社会に貢献したい。施主様や経営者様の事業拡大への意気込みや、熱い気持ちを伺う事ができます。

また、公共性の高い社会資本を建設する事で建設という貴重な役割を日々実感しております。また、そんな気持ちを現場に乗せて、安全・品質・環境に配慮した施工をより高品質で、安全に実施する事を全社で取り組んでおります。

そして、これからの将来を担う若い世代の人に建設業の魅力を発信できたらと思います。

まとめ

株式会社田中工業の代表である田中亮圭氏にお話を伺ってきました。
小さな頃から置き場で遊んだ思い出を「贅沢な遊び場」と評し、保育園時代のアオレンジャーの思い出を気さくに話してくださる田中亮圭氏には、人としての魅力を強く感じることができました。

50年以上前に個人事業として創業した株式会社田中工業が、ここまで大きな会社になったのは、地域への感謝と還元を忘れずに『社会を明るくいきいきとさせる』事をミッションに掲げていたからでしょう。

また、跡を継ぐかたちで経営者となった田中亮圭氏が、流されるままにルーズな経営をせず、グローバルな視野を持って積極的な経営を行っていることも、50年以上の歴史を持つ同社を発展させる大きな要因になっていると感じます。

幼い頃から活発で好奇心旺盛だった気質を活かして、中学入学と当時に親元を離れ寮生活、大学もアメリカの州立大学で経営学を学ぶなど、田中亮圭氏は自身を成長させるために自分の道を自分で選んでいたのだと思います。

地域への貢献を経営理念や基本方針に取り入れている同社が安全・品質・環境に配慮した施工への努力を惜しまない姿勢に、とても安心感を覚えました。

また、これからの時代さらなる人手不足が懸念される建設業界でも、田中亮圭氏のようなグローバルな視野を持つ気さくな経営者だからこそ、若年層に対して建設業の魅力を発信していくことができるのだと思います。

会社概要

商号
株式会社田中工業
所在地
埼玉県比企郡鳩山町大字赤沼447番地
代表
田中 亮圭
設立
昭和44年
コーポレートサイト
http://www.tanaka-kougyo.com/
事業内容
総合建設業