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高瀬孝司弁護士にインタビュー
育った環境を教えてください
山口県岩国市出身。家族構成は、父親、母親、兄、わたしの4人家族で、父は田舎で運送倉庫の経営をしておりました。
私が弁護士になろうと思ったきっかけは、父の会社で働いている人にあるのです。
父の会社で働いている人が運送中、交通事故にあったとき、保険会社の補償がこの程度なのかと被害者側として嘆いていました。
それを聞いてなんとかならないだろうかと思い、弁護士になろうと思ったのです。
印象に残っている幼少期のエピソードを教えてください
3歳上の兄と将棋、トランプ等をした際、当然負けることが多かったのですが、1度勝つまで「もう1回,もう1回」と言って食い下がり、勝負し続けたという話があります。
また、野球であればストライクであろうが、ボールであろうが、来た球は全部打ち返すつもりでバットを振っていました。
皆それを理解し始めてからは、バットの届かない外角の大ボールを投げ始め、私も流石に大ボールは見逃すようになりました。
それから何でも勝てるわけではないと悟り、勝つまで終わらせないということはなくなりました。
どんな子どもと言われていましたか?
よく本を読む子どもだと言われていました。
田舎だから成績は優秀。通っていた中学は、10年前、確か京大に1人受かったようなレベルでしたが、私たちの代で3人が東大、京大、早稲田にそれぞれ1人ずつ合格するなど、今までのことを考えれば、豊作だった時でした。
一番興味のあったことは何ですか?
私が通っていた中学校では、部活に必ず入らなくてはいけなくて、眼の前にあるものが面白いと思ったら夢中になってやっていました。
小学校は部活で卓球部、子供会ではソフトボールをやっていて、中学ではバスケ部といった具合ですね。小さい頃は,勉強もスポーツも本当に一生懸命やっていました。
子どもの頃描いていた将来の夢は何でしたか?
はじめは父親が自営業をやっていたので、社長になりたいと考えていましたが、先ほどお話しした、父の会社で働いている人が交通事故を起こした時に、弁護士を選ぶことにしました。
本当に色々ありましたね。ただ、自分は運送業に向いていないのは解っていたので、法律関係の仕事に進めて今は本当によかったと思っています。
高瀬様が心がけておられることとして、「先回りして意見を言ったりせず、ご依頼者のお話を最後まで伺うよう」にされていると伺っておりますが、その為に、日々取り組んでいる事などありましたら、教えてください
法律的に聞きたいこと、必要なことを選別して聞いています。
弁護士として腕が立つ人は、クライアントをうまく誘導して、自分が欲しい情報をヒアリングします。
ただ、クライアントは自分も話したい気持ちがあるので、わたしの場合は、そのバランスをうまくとるようにしています。
言いたいことを言ってもらったうえで、わたしが聞きたいことを聞く。それで相談時間がのびたとしても、費用は相談前に説明をしていた固定の料金のまま請求させていただきます。
これが、私が日々心がけていることです。
会社概要
商号 | 高瀬孝司法律事務所 |
所在地 | 東京都渋谷区代々木2-23-1 ニューステイトメナー1332 |
代表弁護士 | 高瀬孝司 |
設立 | 2013年7月19日 |
公式サイト |
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とくりん

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