セコム株式会社 もう一人の創業者 戸田壽一氏とはどんな人物だったのか?

はじめに

2021年、ようやく東京オリンピック、パラリンピックが開催されます。
そこで多くの人が気にするのは安全性が確立できるのか、ということです。
安全性が確保されることで競技者は安心して試合に臨めますし、観客は安心して、そして快適に観戦を、応援を楽しむことができます。

1962年、日本で初めて生まれた警備会社、セコムは1964年に開催された東京オリンピックの警備で大活躍しました。
今回の東京オリンピック、パラリンピックでもその活躍に期待が寄せられています。

そのセコムを創業したのは飯田亮氏と戸田壽一氏の二人。
多くのメディアで飯田亮氏については取り上げられてきましたが、もう一人の創業者である戸田壽一氏にスポットが当たることはほとんどありませんでした。
そこで今回はセコムのもう一人の創業者である戸田壽一氏にもスポットを当ててみたいと思います。

警備業とはこんな仕事

警備業とはどんな仕事なのでしょうか?

「警備業法に基づく制限の範囲内で行う業務」のことです。その業務内容は主に銀行やビルなどの建物や施設を警備する施設警備(1号警備)、道路や駅、空港などで行われる交通・雑踏警備(2号警備)、銀行のATMなどに現金を運んだり、有名な絵画などを運んだりする際に行われる貴重品等運搬警備(3号警備)、それにVIP、要人を守る身辺警備(4号警備)が挙げられます。

警備という業務を行う会社が日本で最初にできたのは1962年3月のこと。
日本船貨保全株式会社が神戸港で船舶貨物の保全警備、港湾警備を行うために設立されました。現在の株式会社大日警の前身となった会社です。しかし、
この日本船貨保全は神戸港の港湾関連だけの警備でした。
現在のような総合的な警備業務を行うために設立された日本警備保障株式会社、つまりセコム株式会社の設立が日本における警備業の始まりといえます。

セコムとはどんな会社なのか?

ではそのセコムとは一体、どんな会社なのでしょうか?

セコムは日本警備保障株式会社として1962年7月に設立されました。
創業者は飯田亮氏、戸田壽一氏の二人です。
1961年、飯田亮氏と戸田壽一氏は欧州から戻った共通の友人に、アメリカやヨーロッパにおけるセキュリティ会社、警備というのはどんな企業・業務なのか、ということを聞いたそうです。
その時、二人はこうした業務を行う会社が当時の日本にはなく、全く新しい事業になると考え、そこに可能性を見出し、警備会社の創業を決断。
これが日本警備保障、つまり現在のセコム誕生に繋がったのです。

当時の風潮は「安全と空気はタダ」という認識があって、設立後、苦労もしたそうです。
それが大きく変わったのは1964年、東京オリンピックの警備を引き受けたことからでした。
飯田亮氏、戸田壽一氏のところに、工事段階から大会終了まで選手村の警備をして欲しいという依頼が寄せられました。
警備員として働く大勢の人員が必要になりますし、終了後、この警備員として採用した人たちの仕事量確保などという難しい経営判断を迫られましたといいます。

しかし、飯田亮氏、戸田壽一氏の二人は「社会に有益な事業を行う」というセコムの基本理念のもと、引き受けるという決断をしました。
オリンピックの警備を成功させたことから、セコムの前身である日本警備保障は高く評価され、組織委員会から表彰を受けたこともあって、その社名は一気に認知度が高まり、警備業が注目されるようになりました。

その後もセコムは新たな挑戦を続け、現在のセコムは警備業、警備業界という範疇を超え、防災や医療、保険、地理空間情報サービス、BPO・ICT事業など、社会システム産業を担う企業として、活躍しています。

飯田亮氏と戸田壽一氏の関係

セコムを創業した二人のうち、飯田亮氏は会長までつとめたことから多くのインタビューや取材記事が残っており、その人となりは知られています。
しかし、もう一人の創業者である戸田壽一氏はナンバー2に徹したため、生前のインタビューや取材記事は少ないようです。

とはいえ、飯田亮氏と戸田壽一氏の関係については自社の歴史を紹介するセコムウエブサイト内の記事ほかで触れられています。
飯田亮氏と戸田壽一氏は学生時代からの友人関係、飲み友達だったそうです。
飯田亮氏は大学卒業後、家業である酒問屋の岡永に勤めていました。
セコムの前身である日本警備保障を戸田壽一氏と創業する前のことです。

学生時代の友人同士だった飯田亮氏と戸田壽一氏とは時々飲み、将来の独立を語り合う仲だったそうです。
学習院大学在学中、飯田亮氏はアメリカンフットボール部、戸田壽一氏は野球部に所属するスポーツマンで、学年は戸田壽一氏の方が1学年上でした。しかし、二人の関係に上下はなかったといいます。

しかし、セコムを企業した際、社長になったのは飯田亮氏でした。
飯田亮氏が困惑すると、戸田壽一氏は社員を代表するという意味で「代表」という呼称を使えば良いと提案。
以来、飯田亮氏は社内で「飯田代表」と呼ばれていたそうです。

戸田壽一氏がナンバー2、黒子に徹することになった理由については戸田壽一氏への生前のインタビュー記事に残っています。
飯田亮氏と戸田壽一氏がセコムの前身である日本警備保障を設立した際、二人の間で誰がトップかわからなくてはいけないし、派閥などができるのが困ると考えたからだということだったからでした。
二人の決断は現在、業界トップを走るセコムとして発展してきたことを見てもわかるように正しいものだったといえるでしょう。

セコムもう一人の創業者、戸田壽一氏とはどんな人だった?

セコムのもう一人の創業者、戸田壽一氏とはどんな人だったのでしょうか?
戸田壽一氏は1933年に生まれ、2014年1月30日に81歳で亡くなっています。

戸田壽一氏を取材した人がその人となりを紹介されています。
「セコム その経営の真髄」という本を書かれた長田貴仁氏は戸田壽一氏について、「さわやかな感じの人」「偉そうにしている感じはまったくない、かといって、へりくだっているわけでもない。
だが、人を包み込むような何かがある」「戸田氏は対話に長けたジェントルマン」という印象を持たれています。

戸田壽一氏がインタビューで語ったところによれば、飯田亮氏と戸田壽一氏の二人は性格的に似たようなところはなかったものの、お互いに酒が好きだということ、酒に強かったという共通があったことだったそうです。
そして、戸田壽一氏は酒も飲みたかったし、飯田亮氏にも会いたかったので、大学卒業後もよく遊びに行っていたと語っています。
戸田壽一氏と飯田亮氏、二人が共に魅力的な人間だったからこそ、こうした人間関係になったのではないでしょうか。

飯田亮氏と戸田壽一氏の功績

飯田亮氏と戸田壽一氏という二人のセコム創業者の残した一番大きな功績は日本に初めて警備会社を作ったこと、警備業という業種を確立したことでしょう。

しかし、他にも多くの功績を残しています。
代表的なものの一つが機械警備システムを日本で初めて開発したことです。

セコム創業者の飯田亮氏と戸田壽一氏は自社の業務が拡大していくにつれて、「警備契約の件数が増えると警備員の人数も増え、警備の品質にバラつきがでる恐れがある」「日本経済は高度成長期にあって、人件費が高騰。人的警備の価格が向上すると利用できる顧客が限定されてくる」など、業界が直面するであろう課題についての対策を考え始めました。

東京オリンピックが閉幕後の1964 年11月、飯田亮氏と戸田壽一氏は芝電気、現在の日立国際電気を訪ね、「遠方通報監視装置」の製作を依頼しました。
その装置は2年後に完成する、わが国初のオンライン安全システム「SPアラーム」の試作機でした。

このオンライン安全システムは1966年に完成し、市場投入されました。
このシステムは現在利用されている機械警備システムと概念や考え方は同じ。警備会社が契約している企業の建物にセンサーとコントローラーを設置し、通信回線で管制センターと接続。
侵入や火災発生を感知すると、異常信号が送られ、最寄りの緊急対処員が現場に向かうという仕組みです。
セコムのSPアラームは社団法人発明協会の「戦後日本のイノベーション100選」に選ばれていることからも、このシステムが警備業界のみならず産業界全体で見ても革新的なものだったということがわかります。

セコムが求める人材

セコムは「社会に有益な事業を行う」という理念から、1964年の東京オリンピックで選手村の警備を引き受けています。
この理念は今も変わっていません。

中山泰男代表取締役会長はセコム採用ページで「社業を通じて社会に貢献するのがセコムの役割であり、周りの人々の役に立つことを喜びと感じる人、そのための挑戦意欲が高い人に、ぜひ仲間になってほしい。時代の変化を先読みし、どうしたら世の中の役に立てるか、知的好奇心が旺盛で、日々成長できる想像力の豊かな人を求めています」とメッセージを寄せています。
セコムが求めている人材は飯田亮氏と戸田壽一氏がセコムを創業して以来、変わらずに持ち続けている基本理念を具現化できる人材だということでしょう。

まとめ

飯田亮氏と戸田壽一氏という二人の創業者はセコムを設立し、その社業を通じて、人々、企業や団体、そして社会の安心、安全に貢献してきました。

創業当時は施設の警備や要人警護などが警備会社の主たる事業でしたが、現在はもっと幅広い分野で、人々の生活の安全を守っています。飯田亮氏と戸田壽一氏という二人の創業者が創業時に掲げた「社会に有益な事業を行う」という理念は変わってません。
セコムは社会システム産業を担う企業として、今後もますます活躍することでしょう。

会社概要

社名 セコム株式会社
所在地 東京都渋谷区神宮前1-5-1
代表者 代表取締役会長 中山 泰男
設立 1962年7月7日
公式サイト https://www.secom.co.jp/
事業内容 ・セキュリティ事業、防災事業、メディカル事業、保険事業、地理空間情報サービス事業、BPO・ICT事業

 

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