亀田龍幸

尾道輸送センター株式会社代表、亀田龍幸氏に突撃インタビュー!

尾道輸送センター株式会社とは?

オンラインショッピングをはじめとするEC市場が拡大を続けていることに伴って、需要拡大が見込まれているのが運送業界です。厚生労働省の発表によると、小口の宅配便の取り扱い個数は4年連続で過去最高を記録し続けており、今後さらに運送業界に対する需要は高まっていく傾向にあると予測されています。

そんな運送業界において創立120年という歴史を刻んできた老舗運送会社が、広島県尾道市に本社を構える「尾道輸送センター株式会社」です。

尾道は中国四国地方の陸と海の物流の拠点となる場所。西日本・中四国の総合物流拠点において安全で最適な物流拠点を提案し、さらにお客様のニーズに合わせた速やかで確実な運送を追求しています。

倉庫業としては倉荷証券発行許可を受け、尾道の本社倉庫をはじめ岡山、山口など、数カ所に普通倉庫だけでなく専門性の高い定温倉庫や毒物劇物倉庫を運営。倉庫管理主任者や危険物取扱主任者などの資格者を有し、安心して預けられる確実な荷役作業を行っています。

また、運輸業に関しても貨物自動車運送事業や鉄道コンテナ輸送サービスを提供する通運業にはじまり、輸出入貨物の通関手続き業務を迅速に代行する通関業や貨物を船に荷役する港湾運送事業まで、幅広く事業を展開しています。

そんな尾道輸送センター株式会社の代表者が、今回ご紹介する「亀田龍幸氏」です。この記事では亀田氏の生い立ちから、今後の取り組みについてまで、ご本人に直接伺いました。

育った環境を教えてください

地方の田舎で育ちました。小学校では柔道、剣道、水泳、野球、サッカーをしていました。野球では6年生の時、県少年野球大会で優勝しました。セカンド、センターを守り、6番7番でした。

中学校からはサッカー小僧になり、高校まで没頭しました。大学は東京の大学に進みました。いずれ家業を継ぐので、どこに行っても一緒だろうと思いましたが、周りに影響されて受験勉強をしました。小学校までは家では母が塾をしており、いやいや塾で勉強していました。

印象に残っている幼少期のエピソードを教えてください

小学校の頃は3人友人が集まれば、夏休みの朝のラジオ体操から夕方まで野球をしていました。

中学校からサッカー部に入り、2年から3年までキャプテンを努め、鬼のような練習をしました。が、1勝もできませんでした。今から思えば意味のない練習(うさぎ跳び、タイヤけり)をまじめに一生懸命、全員で熱く取り組みました。試合に勝てないのは悔しかったですが、気のいい仲間との時間がとても楽しかったです。

どんな子供と言われていましたか?

野生児、サッカー小僧でした。成績は上の下または中の上位でした。

一番興味のあったことは何ですか?

小学生の頃は西部劇とか時代劇が好きでした。

子供の頃描いていた将来の夢は何でしたか?また、その理由を教えてください

覚えておりませんね(汗)。

今後、会社としてどのようなことに取り組まれていきたいですか?

弊社は歴史のある会社です。先人に恥じないよう、社是の努力、誠実、協調を大切にしていきたいと思っています。

取材を通じて感じた事

尾道輸送センター株式会社の代表を務める亀田龍幸氏の幼少時代の貴重なエピソードから、今後の会社としての取り組みまで詳しくお話を伺うことができました。

子供時代のエピソードをお聞きしたところ、野球やサッカーの思い出をたくさんお話くださり、ひたすらスポーツに打ち込まれていた貴重なお姿を垣間見ることができました。それらはすべて仲間と行う競技だったのですが、そんな数々の経験が現在の尾道輸送センター株式会社の社是であり経営理念である「人を大切にする」という想いに繋がっているのではないかと感じています。

企業としての努力を惜しまず、仕事やお客様、そして全社員に感謝の心を忘れない尾道輸送センター株式会社こそ、これからの時代に本当に求められる運送会社となっていくのではないでしょうか。

会社概要

商号 尾道輸送センター株式会社
所在地 広島県尾道市長者原2-165-5
公式サイト
https://www.shoshina.co.jp/
代表取締役社長 亀田龍幸
事業内容 トレーラー・大型トラックによる
関東方面への定期便
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kinaco

kinaco

好奇心旺盛、フリーライター。最近はホットヨガにハマっています。

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