青山清利

青山清利 28歳で起業、30歳でアーリーリタイア、経歴や成功の秘訣を調査

はじめに

青山清利さんは、20代で古物業を起業して、初年度に営業利益2億円の業績を叩き出し、会社は成長を続け、自身はアーリーリタイアの投資家に転身している成功者の一人です。

就職すれば営業で全国一位になり、明るい性格から広い交友関係を持ち、格闘技などの趣味も充実するなど、まさに順風満帆という彼の人生はどのようなものなのでしょうか。

今回は、彼の生い立ちや経歴、起業に至った経緯などについて、独自調査で詳細を調べ上げました。

起業して成功するための秘訣やアーリーリタイアという人生設計に興味のある方などは、ぜひ参考にしてみて下さい。

青山清利ってどんな人なのか、生まれと学生時代の経歴を調査

青山清利がどこで生まれてどのように育ったのか、経歴を調べてみました。

プロフィール

本名は青山清利で読み方はアオヤマキヨトシです。

生まれは1974年(昭和49年)7月8日で、血液型B型、身長165cm、体重65Kgという人物です。

現在は46歳で六本木ヒルズ在住。

出身地は神奈川県横浜市港南区で父親は住設工事会社を経営、母親は寿司屋を経営し、生まれながらの経営者としてのサラブレッドとも言えます。

性格としてはお高くとまったようなところはなく、明るくひょうきんな性格でコミュニケーション能力が高く、国内外に知人がいるという性格です。

生い立ちと学生時代

幼稚園から小学校までは習い事としてバイオリンのレッスンを受けるなど、裕福な家庭だったようです。

小学生の時には「潰瘍性大腸炎」(国の難病指定)にかかり、約2ヶ月の入院生活を送ったことから、タバコは吸わず、お酒もグラスに口をつける程度でほとんどアルコールを飲まないという健康志向につながります。

中高は地元の学校に通学し、高校では空手や総合格闘技の経験を積みます。

これは、父親がプロボクサーだったことに影響を受けてのことのようです。

一方、大学は数学の学力を評価されて入学金等を免除される「特別奨学生」で拓殖大学商学部経営学科へ入学し、文武両道の実力を持っていることが分かります。

しかし大学時代は、日中はサーフィンに明け暮れ、夜はクラブのバイトに精を出すという生活で、特別奨学生としては初の留年者という不名誉も記録してしまいます。

さらに、大学卒業後は海外の世界各国を旅行で訪れて、サーフィンをするなど、見聞を広めます。

社会に出た青山清利がどうやって成功していったのか調査

留年や卒業後すぐに就職しないなど、すこし羽目を外した感のある青山清利の大学生時代から卒業後ですが、その後どうやって成功者としての道を進んだのか調べました。

就職と4,000万の借金

留年や海外放浪で社会人としてのスタートを躓いたと思いきや、就職は通信事業などを手掛け成長が見込まれる株式会社光通信に営業職として入社。

営業成績全国1位、責任者となった横浜支店と沖縄支店では全国支店トップの成績を叩き出し、営業マンとして、責任者として非常に優れた人材であることを示すのです。

順風満帆だった社会人生活ですが、両親の経営する住設工事会社と寿司屋がダブル倒産し、保証人だったためにいきなり借金4,000万円を背負います。

起業(独立)して初年度に営業利益2億円という大成功

優秀であっても一社員では簡単に返せる額ではないため彼は一念発起して28歳の時に起業を決意。

参入する業界を調査していたところ、質屋では業界最大手である「大黒屋」での接客対応、営業態度がひどかったことから「逆にチャンスがある」と感じて2002年11月に屋号会社a-senseを設立。

2003年5月には有限会社a-senseを資本金300万円で設立し、古物業として成功者としての第一歩を踏み出します。

a-senseでは、ワンルームの自宅に電話回線1本のみ、出張買取という苦しいスタートでしたが、寝る間も惜しんで働いたことで初年度営業利益2億円、2年目に沖縄営業所を開設して全国展開を開始するという大成功を収めます。

ちなみにa-senseはその後、2004年6月に株式会社化し、青山清利は2007年11月に会長になっています。

アーリーリタイアと投資家としての現在地、考え

青山清利のアーリーリタイアと投資家としての現在地はどのようなものでしょうか。

アーリーリタイア(セミリタイア)とは、60代の定年を迎える前に早期リタイアし、それまで稼いだお金や早期退職の退職金を生活資金にして自由に暮らすというスタイルのことです。

全く働かない人もいれば、株式投資や不動産投資、著作物などの権利収入で副業的にお金を稼ぎつつ、悠々自適に過ごすという人もいます。

芸能人では故・大橋巨泉さんが有名で、彼と同じようにアーリーリタイアして、物価が安かったり、生活環境の良い海外で暮らしたりする方も多いようです。

青山清利流のアーリーリタイア

光通信時代とa-sense時代、寝る間も惜しんでがむしゃらに働いてきた青山清利は、30歳以降はアーリーリタイアして投資家として生きるという選択をすることになります。

数十社の会社へ投資を行う傍ら、彼の願いはa-senseの起業当初から付いてきてくれて、頑張っている社員の成功も自分にとってのゴールの一つだということです。

青山清利の趣味

趣味は高校生時代、大学生時代に楽しんでいた格闘技、サーフィンをそのまま現在も楽しんでいるようです。

格闘技は、総合格闘技「修斗」の道場に通ったり「柔術」を習ったりと、定期的に試合にも出場するほどです。

そのほかにも、自転車の「ロードレース」ではしまなみアイランドライドや石垣島アースライドに参加し、「トライアスロン」では山で開催されるハードなXTERRAジャパン・チャンピオンシップに参加するなど、趣味も全力で楽しむという姿勢が伝わってきます。

スポーツ以外では、フェラーリとロールスロイスを数台所有しパテックフィリップの時計を収集するなど、質の高いブランド物のコレクターという顔もあるようです。

成功者(青山清利)の考え

成功者(青山清利)の考えはどのようなものがあるのでしょうか。

成功者(青山清利)の考え①

a-senseでわかったことは、「自分はモノを売るのが上手だということ」で、成功するためには自分のストロングポイントをしっかりと認識する必要があるということ。

成功者(青山清利)の考え②

成功するには覚悟と諦めない精神が必要。

自分は借金を返済するために退路がない状態だったけど、相当な覚悟を持ち、諦めないで3年休みなく働くことができれば成功すると思う。

成功者(青山清利)の考え③

自分ひとりだけの幸せだけではなく、起業当初から付いてきてくれていた仲間の成功も願う。

これまでの人生では人に恵まれてきたので、これからは何らかの形でその人たちに恩返しできる人生を送りたい。

成功者(青山清利)の考え④

お金よりも時間を大切にした生活をしていきたい。

まとめ

以上、28歳で起業、30歳でアーリーリタイア、現在は投資家としての立ち位置で活動する青山清利について紹介しました。

営業成績全国トップの実績や、起業した会社で初年度から営業利益2億円という数字を叩き出すなど、優れた能力を発揮しながら、現在はアーリーリタイアという人生を選びました。

ずっとお金のことを追い求めるという生活ではなく、自分の時間を大切にしたり、仲間の成功を願ったりする人生も、非常に魅力的だということを体現している人物だと分かりました。

経営や人生スタイルの面で成功することを望んでいる方にとって、とても参考になる生き方だと思います。

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